自然とリズムが合ってくる時間 【リトリートという生き方 vol.1】

近年、心と身体を整える時間として「リトリート」への関心が高まっています。「リトリート」という言葉が広く知られるはるか前から、自然療法やリトリート事業のプロデュースに携わってきた第一人者が、ネイチャーセラピストの豊島大輝氏です。
近年、リトリートが時代のトレンドとして注目されるなか、その現場で長年積み重ねてきた知見を、本コラムでは 豊島氏自身の言葉 でお届けします。


「リトリート」と聞くと、皆さまはどんな風景を思い浮かべるでしょうか?

ヨガ
瞑想
マクロビオティックな食事
温泉
森林浴
高級なホテル

近年、リトリートという言葉が少しずつ浸透し、心と身体を整える時間として注目されるようになりました。
きっと皆さまもまた何かの機会があり、リトリートの言葉を知る事で、本ページをご覧になっていると思います。

私は20年以上にわたりリトリートの現場で多くの方とご一緒してきました。参加される方は、さまざまな目的を持って来られます。

「少し疲れていて」
「ストレスフルな毎日から距離を置きたくて」
「何となく自然の中に行きたくて」

訪れる理由は人それぞれです。

リトリートの現場を見ていると、ヨガや温泉、森林浴などのプログラムを通じて、参加者には共通した身体的・心理的な変化が起きているのが分かります。
最初は誰もが、それぞれの日常を抱えたまま自然の中へ来られます。いわば「街のリズム」「日常のリズム」と言ったところでしょうか?

仕事のことが頭から離れない方もいます。
家族のことが気になっている方もいます。
スマートフォンを手放しても、頭の中ではまだ日常が続いているような状態です。

そんな状態で森の中へ入ると、最初はこんな感じです。

森の中では、鳥は最初から鳴いていて、風も最初から吹いていて、川はサラサラと音を立ててせせらぎ、湖や池の湖面も静かに揺れています。

皆さまもまた、もちろん鳥の声を耳にしています。
風も身体に触れています。
暑い、寒いも感じています。

けれど、それを自分自身の呼吸のように「感じる」ところまで、意識が届いていないのです。
皆さまにとって、自然はあくまでも「背景」であって、そこでヨガをするのか、ジャーナリングをするのか、ここで何をするんだろう?といった感じ。

実は、その「背景」こそがリトリートのメインだとは最初は誰も思いません。


そんな皆さまの状態から、私・豊島大輝のリトリートは始まります。
リトリートプログラムの中では、「湖とリズムが合ってくるまで、ただ眺める」「山とリズムが合ってくるまで、ただ風を感じる」という時間を設けています。

特別なことはせず、たとえば湖を前にして、ただ座るだけ。
山の上で、ただ風の方向を感じるだけ。


すると、都市部で忙しく働いている方ほど最初は戸惑います。

「ここで何をすればいいのですか?」
「いったい何を感じればいいのですか?」
「このワークの目的はなんでしょう?」

そんな質問を受けることもあります。ほとんどの方が「リトリート=何かをすること」だと思っているからです。

冒頭の質問を思い返してみてください。リトリートと聞くとどんな風景が思い浮かびますか?と。
きっと、皆さまは DO(行動)が思い浮かんだのではないでしょうか?

ヨガをする
瞑想をする
ジャーナリングをする
アーシングをする

もちろん、それら全てが正解です。リトリートの方法は「自由」です。
ただ、これらはあくまで、リトリート中の「プログラム」であり、リトリートの効果を高めてくれますが、それだけが本質ではありません。

大切なのは、自然の中に溶け込み、自然のリズムに身を委ねること。

私はこれを「人がヒトに戻る」と表現しています。

社会的な立場を持つ人が、自然の一部の「ヒト」に回帰していくこと。
社会の中で、様々なノイズを吸着して、ついに身重になってしまい、様々なことを削ぎ落したい。削ぎ落さないと前に進めない。
そんな「私」が本来の「わたし」に還ること、それこそがリトリートの本質です。

リトリートの実践を続けて、冒頭の質問に「穏やかさ」や「安らぎ」などの BE(状態)が思い浮かぶようになってきたなら、その時はきっと、あなたもリトリートの達人です。

そのために、大切にしたいのが「しない時間」です。

「何もしなくて大丈夫です。湖とリズムが合ってくるまで、ただ眺めてみてください」そうお伝えします。そして、その時に見えてくるのは、実は自然ではありません。

自分自身です。

呼吸が浅かったこと。
肩に力が入っていたこと。
頭の中でずっと何かを考え続けていたこと。

気づけば、外の目の前の景色を見ながらも、自分の内側で起きていることに気づき始めるのです。

仏教には「返照(へんしょう)」という言葉があります。外へ向かっていた意識を、自分自身へ照らし返していくこと。
私は僧侶ではありませんので、その意味を語る立場ではありませんが、リトリートの現場で起きていることを見ていると、この返照という言葉を思い出します。

現代の私たちは、あまりにも多くの情報の中で暮らしています。
スマートフォンを開けば次々と情報が流れてきて、常に諸連絡の「途中」にいる感じがずっとある。便利になった反面、私たちの意識は常に外側へ向かい続けています。
だからこそ、自然の中で立ち止まると、自分自身の状態がよく見えるようになるのかもしれません。

そして不思議なことに、自分の呼吸が整ってくると、それまで何となく「背景の音」過ぎなかった鳥の声や川のせせらぎが、一つ一つ輪郭を持って聴こえるようになってきます。

こんなに小鳥たちに囲まれていたんだ、近くに川が流れていたんだ、と改めて気づきます。
風の方向が分かるようになり「風が冷たくなりましたね」と、空気の性質の変化を感じる方も出てきます。
森の匂いや空気の変化にも気づくようになります。

これは自然が変わったわけではありません。
自然は最初からそこに在り、鳥はさえずり、風は吹き続けています。
変化したのは、それを受け取る自分自身の感覚。
このことを私は「自然とリズムが合ってくる」と表現しています。
これは新しい知識を学んだから起きた変化ではなく、もともと持っていた自分の感覚が戻ってきたのです。

森林浴も同じかもしれません。
森林浴というと、最近では、ストレス軽減や科学的な健康効果がよく語られます。もちろん、それも大切な価値です。

けれど現場で感じているのは、それ以上に “わたし” の感覚がひらいていく、ご自身が本来持っていたはずの力を取り戻すときの生命力、そして人が回復に向かう時に見せる、本当の命の輝きです。

木漏れ日の柔らかさ。
温度や湿度の変化。
土の匂い。
絶えず大地を動き回る虫たちの生命力。
鳥同士のコミュニケーション。
遠くから聴こえてくる川のせせらぎ。

自分が整うと共に、外界と呼吸のリズムが合ってきて、最初は何も分からなかったものが、少しずつ自然の響きとして身体に入ってくる。

リトリートとは、特別な場所へ行くことだけではありません。
特別なプログラムを受ける事だけでもない。
自分自身に還り、呼吸のように自然とリズムが合ってくる。
その時間こそがリトリートの本当の価値だと現場で感じています。


【筆者 豊島 大輝
ホリスティックサポート代表、日本ネイチャーリトリート協会代表理事、鹿野山自然学校 校長、ホテル・観光系専門学校講師
資格:健康運動指導士、ネイチャーゲームリーダー、温泉ソムリエ
著書・メディア:『しつこい疲れがみるみるとれる!!リトリート休養術』(すばる舎)、多数のメディアに出演

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