温泉でリトリート 世界に誇る日本のウェルネス文化【リトリートという生き方 vol.3〈前編〉】

「なぜ私たちは、これほどまでに温泉へ惹かれるのか」―― そんな問いを、どこかで感じたことはないでしょうか?ヨガやマインドフルネスといった海外発のウェルネス文化が注目される一方で、日本には古くから「湯治」という、心と身体を整えるための文化がありました。本連載では、温泉ソムリエの資格も持つネイチャーセラピストの豊島大輝氏が、現場で積み重ねてきた知見を、豊島氏自身の言葉でお届けします。


近年、心と身体を整える時間として「ウェルネス」への関心が高まっています。
ヨガやマインドフルネス、森林浴、呼吸法など、世界にはさまざまなウェルネスプログラムがあります。

私もヨガが大好きで、多くのことを学んできましたし、インスタで繋がっているほとんどの人が、ヨガイベントなどで知り合ったヨガ友でもあります。

毎月参加している、横浜ランニング&ヨガのシーン

これらは、主に海外から入ってきたウェルネスの文化ですが、日本にもまた、古くから人々の心身を整えてきた文化があります。
※ウェルネス=健康への積極的な追求のこと。

その代表格が「温泉」です。

私たち日本人は、本当に温泉が好きな民族です。
全国には約3,000の温泉地があり、約27,000~28,000本もの源泉が湧いていると言われています。日本は世界有数の温泉大国です。

温泉が好きな人だと、日常では温泉を売りにしたスーパー銭湯へ足を運び、旅行へ行けば、まず温泉に浸かります。
旅行そのものの目的が温泉という方も少なくありません。

もちろん私も温泉が大好きで、温泉地で働き、リトリートを主宰し、仕事と趣味が高じて温泉ソムリエの資格まで取得してしまいました。 そんな私が、⾧年リトリートの現場に関わる中で、ふと考えることがあります。

なぜ私たちは、これほどまでに温泉へ惹かれるのでしょうか?

もちろん、温泉にはさまざまな適応症があります。

身体が温まり、疲れが取れる。
血行が促進され、肌の調子が整う。
ストレスが和らぎ、心も落ち着く。

温泉施設に掲示されている温泉分析書を眺めていると、「切り傷」や「火傷」、さらには「痔」まで適応症として書かれていることもあります(笑)

確かに温泉には、多くの力があります。

けれど私は、それだけでは説明できない魅力があるように感じています。

日本には古くから「湯治」という文化がありました。

現代のような一泊二日の温泉旅行ではありません。
何日も、時には何週間も同じ温泉地に滞在し、何度も何度も繰り返し湯に浸かり、土地のものをいただき、自然の中でゆっくりと過ごしながら心身を整えていく。

効率とは少し違う時間の流れの中で、人は少しずつ回復していきました。

現代の言葉で表現するなら、⾧期滞在型のリトリートに近いものだったのかもしれません。

日本の温泉文化を語る上で興味深いのが、『風土記』の存在です。
奈良時代の713年、元明天皇の命によって編纂が始まり、現存する『出雲国風土記』には、現在の玉造温泉にあたる玉作湯について、 「一度浴びれば容姿が整い、二度浴びれば万病が除かれる」 という記述が残されています。
少なくとも1300年ほど前には、すでに温泉文化が人々の暮らしの中へ深く根付いていたことが分かります。

ただ、この記録によって温泉文化が始まったとは思っていません。
当然、もっともっと前から、人は温泉に入っていた。

風土記に書かれていたことは、それ以前から人々が当たり前のように続けていた暮らしの営みが、初めて文字として可視化されたと考える方が自然です。
※これは歴史学的な見解ではなく、自然と人との関係を見つめてきた私自身の考えや感覚をお伝えするものです。一つの視点として受け取っていただければ幸いです。

動物園ではサルが温泉へ入り、カピバラまでも気持ちよさそうに湯へ浸かっています。

暖かい場所があれば、そこへ身を置き、温まる。
身体が冷えれば、自然と温かい場所を探す。
それは、生きものとして極めて自然な行動です。

晴れた日に亀が甲羅干しをしている姿を見ても、冬の朝、猫が真っ先に陽だまりを探し、体温を温めることを見ても、私は同じことを感じます。 生きものは、自らの身体が心地よい環境を本能的に選んでいるのです。

そう考えると、人がまだ自然の中で生きる「ヒト」だった頃から、温泉は身体を温め、命を支える特別な場所だったと考える方が、自然に思えます。

文字が生まれるはるか前から。
風土記に記される、はるか以前から。

人は湯に浸かり、身体を休め、自然の恵みを受け取りながら暮らしてきたに違いない。

私は、そう思うのです。

それは、やがて湯治という文化となり、⾧い年月をかけて先人たちによって受け継がれ、日本ならではの回復文化として育まれてきました。
だから私は、温泉文化とは単なる入浴ではなく、人と自然が共に生きる中で、先人たちが育み、受け継いできたより良く生きるための知恵なのだと感じています。

そして今、その文化は現代を生きる私たちに、もう一度大切な問いを投げかけているように思います。

温泉とは、レジャーとして癒されるだけのものなのでしょうか?
それとも、もっと大きな意味で、人が回復する場所なのでしょうか?
現代の私たちにおける「回復」とは、いったいどのようなことなのでしょうか?

そのことを、次回は現代のウェルネスやリトリートという視点から、もう少し深く考えてみたいと思います。


【筆者 豊島 大輝
ホリスティックサポート代表、日本ネイチャーリトリート協会代表理事、鹿野山自然学校 校長、ホテル・観光系専門学校講師
資格:健康運動指導士、ネイチャーゲームリーダー、温泉ソムリエ
著書・メディア:『しつこい疲れがみるみるとれる!!リトリート休養術』(すばる舎)、多数のメディアに出演

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